うちの母は自ら称するところ「用心深い人間」です。道を歩いているときは、自動車がこないか、ひったくりに遭わないかと注意をしており、何度も何度も後ろを振り返ります。もちろん歩道を歩くときは、バックなどは道路側の手では持ちません。人気(ひとけ)のないようなところに自ら進んでいくこともまずありません。何に使われるか分からないからと、個人情報を記載するようなアンケートには一切応じません。誰が座ったか、何が置いてあったかもわからないので、屋外にあるベンチには決して座りません。

そんな母には困ったところがあります。それは銀行を信用していないということです。銀行に預けたお金が必ずかえってくるという保証がどこにもないという持論を根拠に、銀行口座を持っていないのです。
そんなわけで、わたしの母はクレジットカードを持っていません。何を購入するのも現金主義です。そのため常にある程度の金額の現金を持ち歩くのですが、普通の財布は防犯性能が低いのであまり現金を入れていないのです。母が大金を持ち歩くときは、手提げ金庫を使います。母はなぜか金庫だけは信用できるらしく、自宅にも業務用の防盗金庫を設置していて、現金の大半がそこに入っています。もちろん、金庫を持ち歩くことはできないので、ある程度の大金の場合は手提げ金庫に入れていくというわけなのです。

たしかにただの財布に比べたら、金庫は中の現金を取り出すのに苦労することをるでしょう。しかし、持ち運びが出来る以上、どこかへ持ち去ることさえできれば、時間をかけて解錠するなり、壊してしまうなりすれば良いのです。そういう意味では、財布も手提げ金庫もセキュリティー性能は大きく変わらないと思うのですが、わたしの母はなぜかそこを理解しようとしません。
そしてなんと言っても母は、手提げ金庫のダイヤル番号を忘れるといけないからと、その金庫の裏に番号をメモした紙を貼るほど用心深いのでした。